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浜松ホトニクス
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成長期

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成長期(1956~1959)

会社経歴・製品開発
世相
1956
(昭和31)
資本金200万円に増資
光電子増倍管の試作開始
撮像管発売

セレン光電面ビジコン
セレン光電面ビジコン
日ソ国交回復
佐久間ダム完成
1957
(昭和32)
暗視管の製作に成功
ソ連、人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功
1958
(昭和33)
CdSセル(現在の可視光導電素子)発売

CdSセルの第1号製品 P101
CdSセルの第1号製品 P101
アメリカ、航空宇宙局 (NASA) を設立
アメリカのTI社、集積回路 (IC) 開発
1959
(昭和34)
資本金400万円に増資
CdSセルの量産化
サイドオン型光電子増倍管発売
皇太子殿下(今上天皇)御成婚

黄色の日々


当時のCdSセル製造担当者

当時のCdSセル製造担当者
CdSセルは、それまで光電管などの電子管製品を扱っていた当社が、初めて手がけた半導体製品です。開発を担当した鈴木佐喜雄は、硫化カドミウムの粉末で全身を真っ黄色にしながら、たった一人で試行錯誤を繰り返し、製品化に成功しました。昭和33年の暮れのある日、テレビのブラウン管の輝度調整用として、月1000個単位での注文が舞い込みました。これまで多品種少量生産を行っていた当社にとって、初めて体験する大量生産であり、従業員を総動員して生産にあたりました。CdSセルの開発は、半導体技術の蓄積や、全社一丸となって昼夜生産にあたることで社内の結束が高まるなど、さまざまな成果をもたらしました。

浜松テレビ様と呼んでやるよ


最初の光電子増倍管 931A

最初の光電子増倍管 931A
光電子増倍管は光検出器の中で特に優れた特性をもっています。昭和30年初頭になると、光電子増倍管を使用した化学分析機器が作られるようになり、国内での需要も増えてきました。そのような折り、ある取引先から言われた「光電子増倍管を作ったら浜松テレビ様と呼んでやるよ」との言葉が開発の必要性を痛感していた技術者を奮起させ、光電子増倍管の開発に着手しました。さまざまな困難を克服して開発された光電子増倍管は、他社を凌駕する性能を持っており、この製品によって、当社は光技術企業として基盤を固めることになりました。





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