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浜松ホトニクス
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誕生・揺藍

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誕生・揺籃(1948~1955)

会社経歴・製品開発
世相
1948
(昭和23)
東海電子研究所設立

光電管「G5E」
東海電子時代に製造していた光電管「G5E」

1949
(昭和24)

湯川秀樹博士、ノーベル物理学賞受賞
1950
(昭和25)

朝鮮戦争勃発
1951
(昭和26)

アメリカのCBS、最初の商業カラーテレビ放送開始
1952
(昭和27)

血のメーデー事件
1953
(昭和28)
浜松テレビ株式会社設立(旧社名)資本金50万円
光電管の製造開始
水中カメラの開発
ロケット追尾用XYトラッカーを開発
NHKのテレビ放送始まる
早川電気(現シャープ)国産第1号の白黒テレビを発売
1954
(昭和29)


1955
(昭和30)
資本金100万円に増資
ガンマ線シンチレータの開発
東京通信工業(現ソニー)トランジスタラジオを発売

社名の由来


海老塚工場

昭和30年頃の海老塚工場
当社の旧社名は「浜松テレビ」でした。社名の由来は、堀内が師と仰ぐ高柳健次郎氏の精神と技術を受け継ぎ、光技術と産業を結び付けることを設立理念と事業目的としたため、高柳にちなんだ社名を考えることになり、当時すでに、「高柳」=「テレビ」という代名詞的な関係があったため、「浜松テレビ」と名付けられました。なお、この社名は、テレビ局と間違えて新人タレントが挨拶に来たり、家庭用テレビの修理を依頼されるなどの後日談を生むことになりました。

アルバイト孤軍奮闘す…


水中カメラの組み立て・調整作業

水中カメラの組み立て・調整作業
当社におけるテレビジョンの科学分野、産業分野への応用は、三重大学の川本信之教授から依頼された、魚礁観察用水中カメラの制作から始まりました。このカメラの制作は、翌春の入社を予定していた横沢文男(元監査役)がアルバイトで行いました。十分な部品や測定機器も揃わない中、4カ月に渡る孤軍奮闘の末、当社の歴史上初のテレビカメラが、一人のアルバイトの手によって完成したのです。

チャンスをつかめ!


設立から2年足らずの、まさに一介の町工場の域を出ない小規模企業であった当社にとって極めて画期的な研究が政府資金の助成を受けて行われました。当時のわが国は原子力開発の初期段階にあり、技術、装置の国産化に積極的に取り組んでいました。当社では、放射線の測定に使用するシンチレータ(蛍光体の1種で放射線の入射によって発光する透明結晶)の試作を行うことを申請しました。他の申請企業はいずれもそうそうたる顔触れで、この中で当社のテーマが認められるのか心配されましたが、結果は見事に合格!研究費になかなか予算のとれない当社にとって、絶好のチャンスとなりました。






浜松ホトニクス株式会社
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